風と緑

慌ただしい毎日を少しだけ忘れて、のびのびと綴っていきたいです

愛を受け取ることについて

f:id:airport8:20161105185953j:image今まで、愛を受け取っていなかった。自分は人から愛されない、受け入れられない存在だと思っていた。だが、実際は違っていた。自分が、人の愛や好意を疑い、拒否していた。自分が愛に気付いていなかった。

なぜ、愛に気付けなかったのか。それは「自分の望み」のことしか考えていなかったからだ。「自分の望み」しか頭にないから、望みと違うものは、受け取れない。その人が、その人らしい方法で愛してくれても、気付けない。そして、自分の望む大きさの愛が得られないと「裏切られた」と感じる。

これは、幼少期の親との関係に、原因がある気がしている。子どもの頃に、親から受け入れられなかったという記憶が作られてしまい、その思考の癖が抜けないのではないか。

これら幼少期の心の傷を克服するためには、「受け入れられなかった」とか「傷付いた」という記憶を、別の感情で上書きすることが有効かもしれない。具体的には、当時の親の立場になって考えてみることだ。親からの理不尽な扱いに対して「なぜ、親はあのような態度をとったのだろうか?」と、親の立場で気持ちを想像してみる。すると、理不尽な仕打ちの背後にあった、親自身の罪悪感や自己嫌悪に気付ける。そして、親なりの思いやりに気付けるかもしれない。親の思いに気づけた時「自分は既に愛されていたのだ」と分かるだろう。

自分はきっと受け入れられないと思ってきた。今までずっと、自分の心が傷付かないように、壁を作ってきた。どれだけの思いやりを、見過ごしてきたのだろう。差し伸べられた手を払い除け、どれだけ他人を傷つけてきたのだろう。

自分が愛されていることに気付けると、他人にも愛を供給できるようになれるという。自分自身の愛を満たし、他人を愛せるようになりたい。