風と緑

慌ただしい毎日を少しだけ忘れて、のびのびと綴っていきたいです

暗い妄想から抜けて

なんでこんなにやる気がねえんだろうな。主体性もないし、人と関わりたくもない。本音を隠してるからそういうことになるのかなあ。思い切って本音を出してみなよ。どんな風に行きたい?

そうだなあ、金がどこからか湧いて来て、寝たい時に寝て、起きたい時に起きて、腹減ったら食いたいもの食って、ゴロゴロして、出掛けたくなったら出掛けて、遊んで、テキトーに暮らしたいね、テキトーに。

じゃあ俺にとって友達や、家族って何のためにあるの?

まあ、ぶっちゃけると飾りだな。ブランディング?友達がいる人と思われたい、まともな人だと思われたい、そういう箔を付けるためだな。でもさ、俺がこういう人間だって知ってただろ?てか、お前らもそうじゃないの?何で人と付き合うの?

「いや、そんなこと考えてないけど。普通に人間と付き合ってるんだから、一緒にいる人たちに対する思いやりとか、何かしてあげたいとか、役に立ちたいとか、協力したいとか、仲間意識とか、そういう思いで付き合ってるけど…。」

今まで、他人は他人を冷たく利用するだけで、そこに思いやりや、優しさがあるとは、想像もしなかった。人と話さずに、人は冷たいと、思い込んでいた。でも、多分、違うんだな。どんな人の中にも、優しさや、思いやり、繋がりを求める心、信じる心があるんだな。

気付かなかった。暗い世界にはまり込んで、人間の明るい側面を見ようとしていなかった。頭の中の暗い妄想に支配されていた。

どんな人の心の中にも、思いやりや、優しさはある。不信感を手放して、繋がっていける気がする。

攻撃性

面倒なことはしたくない。努力したくない。自分から人に関わっていきたくない。なぜなら、関わりが発生した後の、人間関係のメンテナンス、ケア、相手にいい顔をし続けなければならず、疲れるからだ。ということは「自分は相手にいい顔をしなければいけない」と思っているという事だ。

いい顔の仮面の下には何があるのか。本当に裸になったら、どんな感情が出てくるのか。もしかしたら、攻撃性が出てくるのかもしれません。横暴で、攻撃的で、他人を物のように扱い、支配する、ねじ伏せる、攻撃する、そのような攻撃性を抑圧しているのかもしれません。

攻撃性を抑圧しているとしたら、どうやって抑圧をやめて、適切な形で攻撃性を発散していけるのだろうか。

自由

罪悪感を感じる必要はない、ここにいてもいい、好きにしていい。他人はそんなことで自分を見放したりしない。

働かなくても、話さなくても、遊んでも、寝転んでも、出かけても、気にしなくても、忘れても、笑っても、いじわるしても、ジャンプしても、走っても、飛び出しても、投げつけても、何をしてもいい!

心の底

自分には自己愛しかありませんでした。プライドだけ高く、何もできないのに虚勢を張り、傷つきやすく、常に比較していました。ナルシストですが、力のない、ネガティヴなナルシストとでもいいましょうか。勝てないくせに、自分の中でルールを変えることで、なんとしてでも勝とうとしていました。

自分は助平でした。自分はあわよくば、愛してもらえるのではと、あわよくば自分を満たせるのではと思っていました。手に入れて、取り込んで、支配したいと思っていました。

私は他人を支配したいと思っていました。他人が私のいうことを聞かなかったり、私を傷つけるのは許せませんでした。私の頭の中の脚本に、他人を縛りつけようとしていました。私の心の中には、他人をねじ伏せたいという気持ちがありました。

私は怒っていました。他人が自分に便宜を図らないから、他人が自分のことを特別だと思わないから、怒っていました。私はとんでもなく我儘でした。

私は勇気がなく、卑怯でした。怒った時、不満に感じた時、その感情を相手に伝えず、黙っていました。怒ること、怒りを表現すること、伝えることが、勇気がなくてできませんでした。受け入れられるのか、受け入れられなかった時のダメージを想像して、チャレンジしませんでした。その結果、怒りは消えず、精神を追い詰めました。

私は、私のことを認めてくれない人たちの中で、ずっと過ごしていました。私の欠点を見つけ出し、傷つけ、エネルギーを奪い続けるような人たちと一緒にいました。

嫌いなら嫌いと認める

嫌いな人を無理に好きにならなくていい。嫌いなら嫌いと、きちんと認識することが大事だ。なぜこんなに嫌いなのか、自分の心によく問うてみることだ。羨ましいのか、自分の信念に反するのか。心の底から「ああはなりたくない」と思えたら、自分の姿が見えるはずだ。では、自分はどうなりたいのか、きちんと見えるはずだ。

自分はどうなりたいのか。自分はどう生きたいのか。他人目線ではなく、自分が心からなりたい自分は、どんな信念を持っているのか。自我を確立し、自分だけの目標を見つけたい。

行き詰まり

人生行き詰まってばかりいる。

冷静に考えると、何も不幸なことは起きていない。それどころか、見方によってはチャンスのような局面も、多々あった。

それら全てを見逃した、というより、恐れて逃げた。新しい経験、新しい自分、見知らぬ人、重荷や試練から、逃げて逃げて逃げ続けた。

なぜか?

恐怖、不安、恥、損をしないこと、予想がつくことが、自分にとって大事だからだ。うまく行くことよりも、想定の範囲内の失敗に収まることの方が、恐怖は少ない。

成長しない、長続きしない、何も為さない。だけど、無理して克服することはできない。

もしかしたら、克服する必要もないのかもしれない。成長しなくても良いのかもしれない。チャンスを惜しむ心、それは、単なる欲かもしれない・・・。

成長なんてしなくていい。成功なんてしなくていい。今日のこと、明日のこと、小さなことから始めてみよう。

静かに暮らしている

静かに暮らしている。久しぶりに音楽を聴いている。何をしても疲れてしまう。そんな気分の時もある。

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